「金田一耕助の新冒険」(横溝正史)

原形版と完成版、ファンなら両方読んでみたい

「金田一耕助の新冒険」(横溝正史)
 光文社文庫

「金田一耕助の新冒険」光文社文庫

「悪魔の降誕祭(原形版)」
→「悪魔の降誕祭」

金田一に電話で
不安を訴えた女性は、
留守中の金田一の部屋で
殺害された。
女性は殺人事件が起こることを
予感していたらしい。
部屋の中の日めくりが
なぜか5枚もぎ取られて
12月25日が現れていた。
そのクリスマスの夜、
事件が…。

横溝正史金田一耕助シリーズ
原形作品を集めた本書、
全7篇の紹介を先日終えました。
以前「金田一耕助の帰還」
取り上げましたが、
兄弟作といえる内容です。
そちらにも書きましたが、
「原形作品など完成形に至る
途中経過に過ぎないではないか」と
言うなかれ、です。
横溝の「原形作品」は、
それ自体で一つの完結した作品であり、
ミステリの旨味が凝縮された
味わい深いものばかりなのです。

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「悪魔の降誕祭」は、
原形版が昭和33年1月発表、
そのわずか半年後に、
約3倍に増量され、
単行本収録されています。
原形版も質の高いものでしたが、
完成版は細かな部分も修正され、
物語に深みが与えられています。
事件の異質性が、
より鮮明にもなりました。

「死神の矢(原形版)」
→「死神の矢」

「ハートのクインを矢で
射止めた者を娘の婿にする」。
考古学者・古館の言葉に、
招かれていた金田一は
慄然とする。
その悪い予感は的中し、
競技に参加した青年の一人が
胸を矢で射貫かれて
死体で発見される。
そして第二第三の殺人が…。

「死神の矢」原形版は
昭和31年3月発表、
そして完成版がその2ヶ月後、
約3倍半の量となって
単行本収録されています。
「悪魔の降誕祭」にせよ
「死神の矢」にせよ、
横溝は雑誌掲載バージョン(短縮版)と
単行本収録最終決定稿の2つを
同時進行的に
書き上げていたのかも知れません。
なお、本作品には
さらに原形作品が存在し、
昭和13年発表の人形佐七捕物帳
「三本の矢」がそれにあたります。

「霧の別荘」
→「霧の山荘」

依頼人の使いとともに
金田一が訪れたその別荘は、
内側から鍵がかけられ
応答がなかった。
カーテンの隙間から
窓を覗いてみると、
なんと別荘の女主人が
胸を刺されて血を流していた。
しかし、警察官を連れた金田一が
現場に戻ると…。

「霧の別荘」は
昭和33年雑誌発表ですが、
単行本収録はやや時間をおいて
昭和36年に行われています。
こちらは分量を約5倍に増やした上、
表題も変更してあります。
登場人物の設定も大幅に改編され、
筋書きがより深く、より緻密になり、
一層読み応えのある
作品となっています。

「百唇譜」
→「悪魔の百唇譜」

路上駐車していた
車のトランクから見つかった
女の死体。そのそばには
凶器のナイフとともに
ハートのクインとジャックの
二枚のカードが。
検出された指紋は
被害者のものだったが、
もう一つ、三ヶ月前に
殺害された男のものが…。

「百唇譜」は昭和37年1月に雑誌掲載、
その9ヶ月後に4倍半の増量を図り、
単行本収録されています。
この作品にいたっては、
犯人も変更され、
筋書が大きく変えられています。
事件の構造もより複雑化され、
謎解きの要素が強化されています。

「青蜥蜴」
→「夜の黒豹」

ホテルで殺害された娼婦の胸には
マジック・インキで描かれた
一匹の青蜥蜴が。
犯人と目される連れの男は、
全身黒ずくめの
猫のような男だった。
次には良家の淑女が同じように
青蜥蜴の紋章を刻まれて
殺害される。
犯人はなぜ…。

昭和38年雑誌発表の「青蜥蜴」は、
その翌年39年、
約10倍という大規模増量の上、
単行本収録されています。
筋書きには大きな変更を加えず、
金田一の捜査過程を
より緻密に再現したところに
横溝のこだわりを感じます。
変更された表題「夜の黒豹」の方が
内容を適切に表しているのですが、
原題の「青蜥蜴」も、
乱歩の「黒蜥蜴」の向こうをはったようで
味わいがあります。

「魔女の暦(原形版)」
→「魔女の暦」

浅草のレビューの舞台、
三人の魔女役が
肢体を晒して踊っていた。
金田一の目前で魔女の一人が
毒を塗った吹き矢を撃たれ
殺害される。
吹き矢は舞台で使う
小道具の一つだった。
犯人は劇場関係者か?
そして第二の魔女が殺害され…。

「魔女の暦」は
昭和31年雑誌掲載を経て、
33年、単行本収録されました。
約3倍に改稿されているのですが、
他の作品ほど
大きな変更はなされていません。
描写や捜査過程の説明が
より詳しくなりました。

「ハートのクイン」
→「スペードの女王」

首を切断された女の
変死体の内股には、
ハートのクインをあしらった
刺青が施されてあった。
それは名人彫り師・彫亀の
手によるもので、
同じ刺青を持つ
もう一人の女がいることが
判明する。殺害されたのは
一体どちらの女なのか…。

「ハートのクイン」は
昭和33年雑誌発表。
35年に改題の上、約4倍に増量され、
単行本収録されました。
「ハートのクイン」の冒頭部分は、
さらに短篇作品「双生児は囁く」
冒頭部分の流用であり、実は3段階の
改編を経ていることになります。

以前も記したのですが、
おそらく横溝は
雑誌掲載の分量と締め切りを勘案して、
自らの構想の骨格部分に絞って
掲載に間に合わせたのではないかと
思われます。そして
単行本収録の要請を受けた段階で、
自分の本来描きたかったことのすべてを
書き尽くしたのでしょう。

完成版が最終決定の形であることに
間違いはありません。
しかしながら原形作品もまた
一度発表されたものであり、
ファンであればその両方を
読んでみたいと思うはずです。
このような形で
原形作品も読めるようになったことは
ありがたい限りです。

長らく、本書と「金田一耕助の帰還」の
原形作品集2冊が流通し、
完成版作品が絶版状態のままという
ねじれ現象が続いていましたが、
それらすべてが
角川文庫から復刊しました。
本当の意味で
読み比べが可能になったのです。
みなさん、両者を
しっかり味わい尽くしましょう。

〔「金田一耕助の新冒険」収録作品〕
悪魔の降誕祭
死神の矢
霧の別荘 「霧の山荘」原形
百辰譜 「悪魔の百辰譜」原形
青蜥蜴 「夜の黒豹」原形
魔女の暦
ハートのクイン 「スペードの女王」原形

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できれば、「病院横町の首縊りの家」
(「病院坂の首縊りの家」の
原形・未完成作品)も
出版してほしいものです。

(2023.6.16)

Susan CiprianoによるPixabayからの画像
おどろおどろしい世界への入り口

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